特集
次の100年に向けて、水産物を持続的に
提供するためのマルハニチログループの使命
マルハニチログループが取扱う水産物は健康価値の高い貴重なタンパク源であり、その提供は当社の重要な使命と考えています。しかしその水産物は、今後の持続的な提供においてはいくつかのリスク、そして機会をもっています。今回は専門的な知識・広い見識を持つ社外有識者と、持続的な水産物の提供におけるリスクの低減方法、機会の活用方法について意見交換しました。
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1舟木 謙二
マルハニチロ株式会社
取締役常務執行役員 水産資源セグメント セグメント長 -
2安田 大助
マルハニチロ株式会社
常務執行役員 食材流通セグメント セグメント長 -
3前川 聡氏
WWFジャパン
(公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン)
第1自然保護室 海洋水産グループ グループ長
水産エコラベルの普及および取得援に携わる。
養殖業成長産業化推進協議会委員。 -
4橋本 務太氏
WWFジャパン
(公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン)
第1自然保護室 金融グループ グループ長
英国ノッティンガム大学で環境マネジメント専攻の修士課程修了。2021年7月より金融グループ長。
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5末吉 里花氏
一般社団法人エシカル協会
代表理事
慶應義塾大学総合政策学部卒業。TBS系『世界ふしぎ発見!』のミステリーハンターとして世界各地を旅した経験を持つ。2015年にエシカル協会を設立。講座や講演、政策提言、教科書執筆などを通じて、エシカルの考え方やエシカル消費の普及啓発に取り組んでいる。中央環境審議会循環型社会部会委員、消費者教育推進会議委員など、政府政策検討委員や企業・自治体などのアドバイザーを務める。 -
6大久保 明日奈氏
一般社団法人エシカル協会
理事
株式会社オウルズコンサルティンググループ プリンシパル。金融機関、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社を経て現職。慶應義塾大学経済学部卒業。英国University College London都市開発経済学修士課程修了。サステナビリティ分野における広範なテーマに対する知見と戦略プロジェクト経験を有する。労働・人権分野の国際規格「SA8000」基礎監査人コース修了。ISO30414(人的資本情報開示)リードコンサルタント/アセッサー。
天然水産資源と養殖におけるリスク低減に向けて
~天然水産資源量の確認・養殖場のASC基準に基づく自主管理基準の設定~
舟木:当社グループは、貴重なタンパク源となる水産物を持続的に社会に供給すること、昔も今もこれを最大の使命として事業を行ってきました。しかし、この使命を全うしていく上で現在いくつかのリスクを認識しています。一つ目は天然水産物の資源枯渇リスクです。天然水産物の資源量が不安定であるがゆえに、魚が獲りにくくなる、獲れなくなることを危惧しています。しかも資源調査が不十分なことから資源状況を正確に把握できず、対策がとれないことは、本リスク低減においての大きな課題です。 二つ目は養殖に関わるリスクです。まず、養殖場が地域の生態系を乱すリスク、加えて、抗生物質使用方法によっては薬剤耐性菌の増殖などのリスクもあります。また、養殖魚の飼料原料となる天然水産物の乱獲に起因した水産物の資源減少リスクも考えられます。
前川:天然水産資源の減少は以前からいわれてきましたが、この数年でより顕在化しています。漁獲量の減少で漁業ができない、続けられない状況が各地で起こっています。まず、世界の3割以上の地域が過剰漁獲の状態にあり、特に中国、インドなどの国で大量消費が発生しています。さらに、地球温暖化が海洋環境を変化させており、養殖や沿岸漁業に影響が出ています。ご指摘の通り資源量が把握できていないため資源が回復するための措置がとれないこともリスク増大要因の一つであり、国際社会および日本企業が水産資源の持続可能性をいかに守っていくかは、これまで以上に重要となっています。日本は2020年の漁業法改正によって、資源量を把握した上で漁獲量を定める欧米型の管理漁業が導入されました。一方で、調査すら行われていない魚種はまだまだあり、それらの資源量をどう担保していくのかは今後の大きな課題です。
舟木:当社グループは天然水産物の資源枯渇リスク対応として、まず、取扱水産物の資源調査を実施しています。調査結果は関係会社、関係部署と共有し、課題の把握と改善を進めています。本調査に関連したKPIには「2030年度までに取扱水産物の資源状態確認率100%」を掲げています。 一方の養殖は、ASC 認証レベルの管理を進めていくことがリスクの軽減につながると考えています。当社のメインの養殖魚のうち、ブリ、カンパチはすでに一部の養殖場でASC 認証を取得していますが、マグロは認証規格自体がないので、ASC基準に基づく自主管理基準を設定し、当社グループ全13の養殖場に展開しています。
前川:世界で多種多様な魚種を扱うマルハニチロのような企業が「資源状態確認率100%」を目指すことは非常に先進的で、難しいチャレンジです。世界のリーダー企業として見本を示すためにも、ますます頑張っていただきたいですね。その一方で、すでに管理できている魚種にリスクが生じないのかという点にも注意を払っていただきたいです。養殖については、厳しい自主基準を設けて管理することも一つの方法だと思います。しかし、自主基準をASC 認証と同等であるとコミュニケーションされると優良誤認を招く恐れがあるのでそこは注意が必要です。
水産資源を取り巻く状況
水産資源の過剰利用は国際的に早急な対応が必要な課題として認識されており、FAO(国連食糧農業機関)が発表しているデータでも、28%の水産資源が枯渇、または深刻な乱獲状態にあり、また50%強が現状以上の増産が困難であり、適切な管理体制の構築が必要とされています。一方、グローバルな市場の動向を見ると、世界的な資源の争奪が始まっています。
水産物購買を通してのIUUへの関与や人権侵害の排除のために
~水産物のトレーサビリティ確保への挑戦と水産物に関する調達方針の公表~
安田:水産物購買を通してのIUUへの関与や人権侵害リスクを認識しています。当社グループがトレーサビリティの確保に取り組んでいる目的は、我々はIUU漁業や児童労働、強制労働に関与する水産物、製品は最初から扱わない、マルハニチロはそういう会社なのだとお客様に示したいからです。また、世界のサプライヤーに対しても、当社はこういう姿勢で臨みますよと示す意味もあります。本年度より食材流通セグメントに水産商事ユニットが入りましたので、サプライヤーの皆様にも協力いただき、この魚がどこの海で獲られてどこで加工され、消費者のお手元まで届くのかを明らかにし、責任を持ってお伝えしていく取り組みを強化しています。トレーサビリティ体制の構築とともに、今年の9月には新たに水産物に特化した調達方針を公表する予定です。明確な調達方針を社内外に周知し、徹底していこうと考えています。
安田:水産物購買を通してのIUUへの関与や人権侵害リスクを認識しています。当社グループがトレーサビリティの確保に取り組んでいる目的は、我々はIUU漁業や児童労働、強制労働に関与する水産物、製品は最初から扱わない、マルハニチロはそういう会社なのだとお客様に示したいからです。また、世界のサプライヤーに対しても、当社はこういう姿勢で臨みますよと示す意味もあります。本年度より食材流通セグメントに水産商事ユニットが入りましたので、サプライヤーの皆様にも協力いただき、この魚がどこの海で獲られてどこで加工され、消費者のお手元まで届くのかを明らかにし、責任を持ってお伝えしていく取り組みを強化しています。トレーサビリティ体制の構築とともに、今年の9月には新たに水産物に特化した調達方針を公表する予定です。明確な調達方針を社内外に周知し、徹底していこうと考えています。
前川:IUUは古くからあり、かつ根深い問題です。これをゼロにしなければいけない一方で、ゼロにすることの難しさは我々も十分、承知しています。最初の一歩としては、安田さんがおっしゃるように、「IUU製品は扱わない」とステートメントを出すことが重要です。具体的にいかに撲滅していくかについては、国への働きかけとともに、企業のサプライチェーンへの働きかけが大きな意味を持ちます。ガイドラインを作って、順守をお願いするだけでなく、マルハニチロのスタッフが現場に行って話し、聞き取りを行うことが必要です。御社だけでなく、他の大企業、大手流通企業と連携して取り組めば、トレーサビリティの確保は決して遠い話ではありません。我々もぜひお手伝いしたいです。
大久保:漁業や水産加工業における人権課題はますます重要なテーマになっていますが、川上に行けば行くほどサプライチェーンは複雑になり、サプライチェーンを把握すること自体にも難しさがあると理解しています。中でも漁船上の人権侵害等は非常にわかりづらい課題とされています。マルハニチロの水産物の調達方針公表などは非常に大事な取組みであり、方針の実現に向けサプライチェーンを管理することが重要です。具体的には、サプライヤーとコミュニケーションをとり、顕在化したものだけでなく、潜在的なリスクを把握した上で対応策を講じることが重要です。さらに、顕在化したリスクに対しては、人権侵害を受けた当事者の救済をどのように行うのかという観点が非常に大事です。特にIUU 漁業の場合、労働者が脆弱な環境に置かれてしまうことから強制労働になり得る可能性が高いので、救済措置として、労働者からの通報・相談を受け付けるための苦情処理メカニズムの整備も検討されると良いかと思います。
IUU漁業と人権課題
IUU漁業とは、Illegal, Unreported and Unregulated漁業、つまり「違法・無報告・無規制」に行われている漁業のことです。密漁だけでなく、不正確および過少報告の漁業、旗国なしの漁船による漁業、地域漁業管理機関(RFMOs)の対象海域での、認可されていない漁船による漁業も含まれます。近年、IUU漁業に関連して特に問題視されているのが、乗組員や漁業監視員、加工場等での労働者への人権侵害です。具体的には、遠洋マグロ漁船などの外国人乗組員が長時間労働を強いられパスポートの没収や暴行などの行為も行われている事例や、東南アジアの養殖エビの加工場での児童労働などが報告されています。
国際的な生物多様性フレームワークTNFDを活用した情報開示
~マルハニチログループのサステナビリティに関する取組みを表現するツール~
舟木:昨年9月にTNFD フレームワーク完全版が発表され、そこから役員の勉強会、従業員の勉強会等の活動を始めました。2024年に入って、各事業の影響度と依存度を分析してマッピングしていくワークショップを開き、その中から依存、影響の大きいスケソウダラ漁業、マグロ、カンパチ、ブリの自社グループ養殖についての評価を行っています。2024年9月には、TNFDのLEAPアプローチ、Locate(影響度・依存度の高い事業・エリア(国内養殖と北米スケソウ事業)の特定)、Evaluate(事業の生物多様性リスク評価)までを開示する予定です。
橋本:非常に早い段階から積極的に開示していかれるスタンスは素晴らしいものと思います。一方で、TFNDは「何か新しいガイダンスが出てきた」という風にどうしても受け止められがちです。マルハニチロの場合、トレーサビリティや人権課題、資源量といった、本来、TNFDでぜひ表現してほしい取り組みが進んでおられるので、必要以上に身構えずに、これまで御社のマテリアリティとして捉えてきたことを表現する場として活用いただきたいですね。「2030年度までに取扱水産物の資源状態確認率100%」といった水産資源調査の目標もぜひ、その中に開示していただきたいです。
水産物のエシカル消費をマーケットでの機会とするために
~日本でのMSC・ASC認証商品の認知度向上と商品を手に取る機会の創出~
安田:水産物のエシカル消費の拡大は当社にとって機会になりうるものと考えており、粘り強くMSC、ASC認証商品の提案を続けています。しかし、エシカル消費に積極的なお客様はまだ一部です。一企業だけでなく同業他社、流通のお客様と連携し、まずMSC、ASC 認証とは何なのかを消費者に伝えていかなければと思います。
末吉:私たちは2019年から2021年に日本の10代から70代以上の6,000人以上を対象にエシカル消費動向調査を行いました。エシカル消費に積極的な約3割の方に「エシカル消費の際に参照する情報は何か」を尋ねると一番が「認証ラベル」で、すでに意識のある方の購買きっかけとして、認証ラベルは威力があるとわかりました。しかし現状は、企業側は「消費者が買ってくれないから認証ラベルを付けない」、消費者側は「あれば買うけどなかなか商品へアクセスできない」という議論がずっと続いている印象があります。
安田:一般消費者向け商品だけでなく、ホテルや外食等の業務用商品にも認証商品が含まれているのですが、これをお客様にどうお伝えするかも大きな課題です。大袋に認証ラベルを付けても現場の皆様の目に触れる前に破棄されますので業務用商品においてもパッケージを含めたコミュニケーションを強化し、素材の良さを活かしたメニュー提案などもしていこうと思っています。
末吉:そうですね。見える化は非常に大事だと思います。2021年から中学、2022年から高校の教科書にエシカル消費が掲載され始めましたが、その中で様々な認証ラベルも取り扱われています。今後10年、20年後の消費者の中心となる若者たちは、大人たちよりも先に学んでおり、“エシカル・ネイティブ”とも言われています。消費者の共感や信頼を得るためにも、手にとってすぐにわかる認証ラベルは有効な手段であると考えます。
安田:エシカル消費の拡大を企業成長の機会として活用するため、当社では健康価値創造と持続可能性に貢献する食の提供プロジェクト、通称「健プロ」を2025年度から本格始動させます。日本人の健康課題や食料の持続可能性に関わるリスク対応を製品基準に反映させ、その基準に合致した商品の売上拡大取り組むことで、お客さまから選ばれる企業として成長していきたいと考えています。
エシカル消費
Ethical(エシカル)とは英語で、直訳すると「倫理的な」という意味です。形容詞であるエシカルをさまざまな名詞と組み合わせることで、多様な意味に拡大して用いられており、エシカル消費は「地域の活性化や雇用なども含む、人や地球環境、社会に配慮した消費やサービス」のことを意味します。