SALMON MUSEUM サーモンミュージアム

近代~現代のサケ漁
現代漁業のトピックス
サケはイルカやシャチによく狙われ、食べられています。赤松さんは、かつて、サケマス流し網にイシイルカが誤って絡んでしまうのを防ぐ手だてを探るための調査に北太平洋にも出かけられたご経験を持ち、イルカが発する超音波の研究を深められてきました。
今回は、イルカの超音波ソナー機能についてやさしくご紹介していただきました。
サケが恐れる、シャチやイルカの超音波ソナー機能について
独立行政法人水産総合研究センター水産工学研究所
生物音響技術研究チーム長  赤松 友成
イシイルカ、シャチの写真(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)
カナダの太平洋側(ブリティッシュコロンビア州)にいるシャチの群れはサケを狙う定住型の群れとしてよく知られている。一方、沖合にいる回遊型のシャチは、アザラシやイルカなどの海産哺乳類を餌としている。
おもしろいことに、野生のアザラシに定住型と回遊型の群れの声を別々に聞かせると、回遊型のシャチの「コール」と呼ばれる声に強く反応することが知られている(Deecke et al. 2002)。食べられる側は食べる側を察知するために、感覚をとぎすませているといえるだろう。
「コール」はコミュニケーション用に用いられているが、シャチはそれとは別に人間の耳に聞こえない超音波ソナー音を用いてサケの居場所を探知してしまう。
サケを含む大部分の魚は超音波を聞くことができない。サケが気づいたときには、シャチが寸前に迫っているというわけだ。こうしたソナー能力を持っているのはシャチやイルカなどのハクジラの仲間だ。
人間も魚群探知機をもっている。いまや漁業者だけでなく趣味の釣り用としても小型のものが売り出されているほど普及しているが、その原理はイルカやシャチとかわらない。超音波を発して魚からの反射音を受信し、針を垂らすタナの深さを決めている。
カマイルカ(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)
魚を見つけるためにとても強力な装置である魚群探知機には一つだけ欠点がある。魚の種類がわからないのだ。
魚群探知機の用いている音波は、口笛の「ピー」というような音で、少し専門的に言えば周波数が一つしか含まれていない。このため跳ね返ってくる音も「ピー」(周波数が一つ)である。音色がないので、測れるのは反射してきた音の大きさだけだ。つまり、魚の量を測ることはできるが、質についてはなにも手がかりがない。
一方、イルカはどうも魚の種類も音で見分けることができるらしい。米海軍の実験では、まったく外見上は同じ茶筒のような円筒形で壁の厚さがほんの0.3mmだけ違う2つの物体を音だけで区別できるということが報告されている(Au 1993)。
信じられない能力のようだが、実は私たち人間にも同じことができる。お家の食器棚をご覧いただきたい。セットになっていて同じ形のコーヒーカップやワイングラスを二つダイニングテーブルの上に置いてみよう。次にスプーンで軽くその縁を叩いてみる。全く同じ形をしているのに、微妙に音色が異なっていることがわかるだろう。
シャチ(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)
物を叩くような音、つまりインパルスを与えれば、その叩かれた物の材質や内部構造を反映して戻ってくる音には微妙に音色の差がついてくる。物理的には明らかだったが、これを魚群探知機に応用するにはいくつかの壁があった。
まず「ピー」という音は出しやすいが、「カン!」という音は出しにくいためである。水中で音を出すには円筒形の特殊な陶器に電圧をかけて振動させる。大きさが決まっているので、だいたい同じ周波数で振れる。「カン!」という音はいろいろな周波数を含んでいてそれが同時に発せられなければならない。
もう一つは、雑音に弱いことである。テレビのチャンネルを変えるように、特定の周波数をより分けることは電子回路的には簡単なのだが、これが使えない。このため、受信した反射音の処理にとてつもない計算量が必要になる。

ところが最近、これらの問題がクリアされた。ひとつはコンピュータの進歩のおかげである。膨大な計算もあっという間に処理できるようになった。
もう一つは日本やノルウェーといった漁業国の魚群探知機メーカーの努力で相次いでいろいろな振動数が出せる音波発生器が開発されたことだ。こうした要素技術の成熟をみて、2002年にイルカのソナー能力を真似た魚群探知機を実現するというプロジェクト*が採択され、私は研究リーダーとなった。
現在このプロジェクトでは、イルカを真似た「カン!」という音を出せるソナーシステムを開発した。音が10万分の5秒ととても短いので、細かいところを見るのに従来型の魚群探知機に比べて都合がよい(図1)。
図1 従来型の魚群探知機は、ピーという長い音のため、魚からの反射音が重なってしまう(左図)。イルカのような短い音波は、反射波の重なりがないので細かいところをみるのに有効である(右図)。
これを館山湾にもっていき、密な群れの中のカタクチイワシを一尾ずつ勘定できることを示した(図2、図3)。
図2 館山湾での実験。イルカ型音波を出せる送受信器を沈め(左)、同時に魚の種類と大きさを確認するためのステレオ撮影カメラも設置した(右)
図3 密な群れで泳ぐカタクチイワシ。縦軸が水深で横軸が時間である。カタクチイワシの群れは船の下を移動していた。従来型魚群探知機では群れの中心あたりでは画像がつぶれてしまうが、イルカ型ソナーでは一尾一尾の動きが軌跡として明瞭に見られる。背景は実際の水中映像。
図4 アジの背中側からイルカのソナー音をあてて跳ね返ってきた音(上)と斜め前方向からあてた場合の反射音(下)。イルカのソナー音を使うと魚の向きまでわかりそうだ。
さらに、魚の高さや向きを判別したりできるようになった(図4)。いずれも、これまでの魚群探知機では実現が難しかった能力だ。さらに、こだまに含まれている情報をうまく使えば、魚の種類も見分けられそうだということがわかってきた。
さらに、魚の高さや向きを判別したりできるようになった(図4)。いずれも、これまでの魚群探知機では実現が難しかった能力だ。さらに、こだまに含まれている情報をうまく使えば、魚の種類も見分けられそうだということがわかってきた。
赤松友成(あかまつ・ともなり)
履歴
1964年 静岡県三島市生まれ。1989年 東北大学大学院理学研究科物理学科修了。1989年-水産工学研究所勤務。この間、1997.5-10 国立極地研究所客員研究員。1999.8-2000.7 ケンタッキー大学生物科学科客員研究員。現在、独立行政法人水産総合研究センター水産工学研究所主任研究員。博士(農学)。専門は水中生物音響学。とくにイルカのソナー、海産哺乳動物の音響的観測技術、魚の聴覚と行動制御に取り組んでいます。
受賞歴
「超音波TECHNO」'95テクノ教養賞 日本工業出版(株)(1996.4.1)、海洋音響学会 論文賞(2001.5)
所属学会
日本音響学会、米音響学会、海産哺乳類学会、海洋音響学会(編集委員)、動物行動学会、日本水産学会
<参考資料>
Deecke,V.B., Slater, P.J.B. and Ford, J.K.B. (2002), Selective habituation shapes acoustic predator recognition in harbour seals. Nature, 420, 171-173.
Au, W.W.L. (1993), The sonar of dolphins.\"Springer-Verlag, New York, Berlin, London, Tokyo, pp.277.

*生物系特定産業技術研究支援センター異分野融合研究支援事業「イルカ型対象判別ソナーの開発」

写真提供:イシイルカ、カマイルカ、シャチの写真(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)
*注意:画像データの許可なき複製・転載などは、一切ご遠慮下さい。
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