鮭なんでも辞典
ケは、成長段階に応じて、淡水、海水、淡水と生活の場を変えていくのが一般的です。海は、水温が安定していて、餌が豊富である点で河川よりも優れています。数百万年以前には淡水で一生を生活していたサケは、そうした海の特性をうまく利用できるよう、進化の過程で海水生活にも適応したと考えられています。
河川に生まれ、外洋で長旅を続けながら成長し、産卵のために生まれ故郷の河川に戻っていくサケ。こうしたサケのおおまかな生活史は広く知られていますが、その詳しい生活史は、あまり知られていないのが実情ではないでしょうか。
産卵期に達したサケは、外洋での長旅を終え、生まれ故郷の河川を遡上します。それまで群れをなして生活していたサケは、遡上を終えると雄と雌で1組のつがいを形成し、川底の砂利に、産卵床と呼ばれる「愛の巣」を雌が作り始めます。この産卵床の中に、雌は数回に分けて卵を産み落とし(放卵)、雄が卵の上で精子を放出することで(放精)、「愛の結晶」である受精卵が形成されるのです(※1)。
サケの赤ちゃんは、この受精卵から、いくたびかの細胞分裂を経て誕生します(※2)。この現象は孵化(ふか)と呼ばれ、生まれてきたサケの赤ちゃんを仔魚(しぎょ)と言います。仔魚は、泳ぐことはもちろん、水中を移動することすらできません。産卵床でじっと身を潜めながら、母親からもらった卵黄を養分にして成長し、来るべき「大旅行」に備えるのです。
仔魚は、翌春になると産卵床を抜け出し、ヨークサックと呼ばれる卵黄のつまった袋をおなかにつけたまま(泳ぐことはもちろん)、餌のとり方もうまくありません。上流から押し流されてくるユスリカ幼虫などの水生昆虫を、流れに逆らいつつ捕食すると同時に、卵黄に依存しながら成長を続けます。
稚魚
受精後30日目
誕生した仔魚
卵黄のう(ヨークサック)のまだ大きい仔魚
仔魚が発育するに連れてヨークサックは
だんだん小さくなっていきます
浮上後のサケは、いつか海へと降りて行きますが、その時期は、おおまかに2つに大別できます。1つは、浮上後直ちに降海して海水生活に移行するもの、もう1つは、1~2年淡水生活を送った後に降海するもので、例えばシロサケとカラフトマスは前者のタイプで、サクラマスとベニザケは後者のタイプです。ただ、どちらのタイプも、降海のタイミングに合わせて体にあった斑点(パーマーク)が消失し、体色が銀色に変化します。これをスモルト化(あるいは銀化(ぎんか))と言い、この時期のサケをスモルトと呼びます。つまり、スモルトとは、パーマークが消え、海に下るサケを言います。
サケの海洋生活期間は、短いもので1~2年(サクラマス、カラフトマス)、長いものでは2~8年(シロサケ、マスノスケ)にも及び、種類によって大幅に異なりますが、海洋を探索しながら動物プランクトンや小型魚類、イカ類などを捕食し、著しく成長する点では共通しています。
外洋で十分に成熟したサケは、産卵のため、母なる川を目指して「最後」の旅に出ます(母川回帰)。サケは、一度でも放精/放卵すると、「自分の役割は終わった」とでも言うように、息絶えてしまうのが一般的です(※3)。
淡水、海水、淡水と、一生の間に何度も生活の場を変えるサケ。一体どれだけのエネルギーが秘められているのでしょうか? そのダイナミックな一生は、母川回帰、一回繁殖というロマンチックなトピックとともに、私たちを魅了してやみません。
注
(※1)産卵時期はおおむね秋が多いようです。しかし、実際には、サケの種類、回帰する母川などによって大きく異なり、例えばニジマスの中には春に産卵するものもいます。
(※2)受精から孵化するまでの期間はサケの種類だけでなく、水温によっても変化します。
(※3)これを一回繁殖と呼びます。一回繁殖はサケ属の仲間に限られ、サケ属であっても、ニジマスのように複数回の産卵が可能なものもいます。
参考文献
[1]帰山 雅秀、最新のサケ学、成山堂書店、2002年
[2]井田 齊、奥山 文弥、サケ・マス魚類のわかる本、山と渓谷社、2002年