SALMON MUSEUM サーモンミュージアム

サケの繁殖行動

産卵期には雌雄がペアになって寄り添い、雄が雌を守る中で雌が産卵床を作る―サケのそうした繁殖行動を目にして、サケを夫婦愛の鑑と考える人が少なくありません。しかし、サケの繁殖行動を詳細に見ていくと、一概にそうとは言えないことがわかります。実際には、美しい「夫婦愛」どころか、「自分の子孫をできる限り増やす」というクールな繁殖戦略が潜んでいるのです。

産卵期に「大変身」するサケ

成長期のベニザケ
成長期のベニザケ


産卵期のベニザケ(オス)

成長期のカラフトマス
成長期のカラフトマス

産卵期のカラフトマス(オス)
産卵期のカラフトマス(オス)

 「サケの一生」で触れたように、サケは降海する際に、体からパーマークが消え、体色も銀色に変化(スモルト化)します。ある意味、「大人になる証」とも言える変化なのですが、産卵期になると、外見上の大きな変化がもう一度起こります。特に、雄にそれが顕著で、成長期と産卵期の成魚を見比べると、とても同じ魚とは思えないほどの「大変身」を遂げるのです。

 上の写真を見ると一目瞭然でしょう。産卵期のベニザケの雄は、体が見事な紅色に染まっていることがわかります。これを婚姻色と呼び、サケ科の魚の中には、産卵期に、この婚姻色に変化するものが少なくありません(※1)。また、カラフトマスの雄の場合は、背中がこぶのように高くなる「背っぱり」、吻(ふん)が伸びて先端で曲がる「鼻曲がり」が、二次性徴として現れます(※2)

産卵に伴う「重労働」は雌任せ

 サケは、産卵期を迎えて河川を遡上すると、雄と雌がペアを組み、産卵床を作成します。産卵床の直径は体長の約2~3倍で、産卵床を掘るのは雌の役目です。

 雌は尾鰭(おびれ)で砂利をはね飛ばしながら川床をすり鉢状に掘っていきます。そして、ときどき掘削部に臀鰭(しりびれ)を差し込み、卵を隠すのに十分な深さになったかどうかを確認するのです。

 十分な広さ、深さの産卵床が完成すると、雌は、雄を誘い込み、体を震わせながら卵を産み落とします。雄は雌に寄り添いながら放精し、放精、放卵が終わると、雌は尾鰭で砂利をはね飛ばし、卵を砂利で保護します(※3)。1つの産卵床には、雌の腹腔(ふっこう)内にある卵の約1/5~1/3が産み落とされますので、こうした一連の行動は、3~5回ほど繰り返されます。そして、産卵を終えた雌は、しばらくの間産卵床を守ったのち、その生涯を閉じるのです。

 では、雄はこの間、放精以外に何をしているのでしょうか? 雄は、雌が産卵床を作る間、他の雄が近寄らないように周囲を見張っています。「サケの一生」では、産卵床を愛の巣という言葉で表現したのですが、実のところ、これは雌を思いやる行動というより、自身の子孫を増やすための行動と考えた方がよさそうです。事実、雄は、他の雄が近づいてくると争い、そのために鼻曲がりや背っぱりなどを発達させたと考えられていますが、産卵床の掘削や埋め戻しの際に雌を手伝いませんし、交配直後には、次の交配相手を探す目的で、産卵床から姿をくらますことさえあるのですから―(※4)。

産卵場所を求めて懸命な遡上(ベニザケ)
産卵場所を求めて懸命な遡上(ベニザケ)

ベニザケの放卵
ベニザケの放卵

 サケは、産卵期にペアを組み、外見上は仲睦まじく繁殖行動を行うことから、夫婦愛の鑑と考えている人も少なくありません。しかし、その背景には、「自分の子孫をできる限り増やす」という、サケという生物種のクールな繁殖戦略が潜んでいるのです。

 サケの海洋生活期間は、短いもので1~2年(サクラマス、カラフトマス)、長いものでは2~8年(シロサケ、マスノスケ)にも及び、種類によって大幅に異なりますが、海洋を探索しながら動物プランクトンや小型魚類、イカ類などを捕食し、著しく成長する点では共通しています。


(※1)同種で見比べると、婚姻色は雌よりも雄の方が顕著です。また、婚姻色による変化の度合いは、サケの種類により、大幅に異なります。
(※2)背っぱり、鼻曲がりも、サケの種類によって程度の差が大きく、特に発達著しいのはベニザケとカラフトマスです。
(※3)この行動を「埋め戻し」と言います。
(※4)ペアに恵まれなかった雄の中には、雌の婚姻色に擬態し、あるペアの近くで、割り込みの機会を伺うものもいます。

参考文献
[1]帰山 雅秀、最新のサケ学、成山堂書店、2002年
[2]井田 齊、奥山 文弥、サケ・マス魚類のわかる本、山と渓谷社、2002年

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