日本のおいしい魚を巡る
お魚ツーリズム01
春は魚介も活動スタート!
天然の生け簀を擁する
富山県へ
日本を旅する楽しみの一つが、その土地でしか出合えない魚料理であることは間違いありません。知名度が低く流通にのりにくい魚は、新鮮なまま地元でおいしく消費されています。
日本各地を巡り魚食文化を調査する「日本さかな検定協会」代表理事の尾山雅一さんが、
忘れられないローカルな魚料理をご紹介。知られざる魚食文化を体験する旅へいざないます。
尾山雅一(おやま・まさかず)さん
日本さかな検定協会 代表理事。山口県宇部市出身。早稲田大学日本文学科卒後、広告会社に入社。2009年に日本さかな検定協会を社内起業。出題・解説や副読本のコンテンツ執筆のため全国各地の漁港や居酒屋を行脚し取材。魚食文化の発信をライフワークとする。
魚介のおいしい物語を求めて、
全国の居酒屋と漁港を行脚
旅先で人や食べ物といい出会いがあると、その土地の印象って変わりませんか? 私は毎年、「今年の‟さかな検定”はどんな問題にしよう」と考えながら、日本の海岸線をぐるりと回るくらい旅をしてきました。魚って同じ土地でも訪れる季節によって新しい味に出会えるから、まったく退屈しません。
魚は、気候とか風土とか歴史が育んだ膨大な背景というか、食材の物語がものすごくあるんですね。それを知って食べるのと、知らないで食べるのでは違うと思うんです。だから旅先で居酒屋に入ると、必ずカウンターに座って女将さんや親父さんと話してメモを取りながら食事します。漁港も必ず訪ねますね。日本の漁港はどこに行ってもさびれちゃって寂しい感じはあるんですが、人を見つけて「ちょっと話聞かせてください」って。
富山湾のホタルイカ、
誉れはすべてメスにあり
今年はホタルイカ、召し上がりましたか?
ホタルイカは3月1日に富山湾でいっせいに漁が解禁になります。でも、首都圏ではホタルイカを1月末くらいからスーパーで見かけますよね? 京都や兵庫から底引き網で獲れたものが入ってくるからなんですが、富山湾では春、深海から産卵のために上がってくる、肝がパンパンに膨らんだホタルイカを定置網で待ち構えて引き揚げます。
富山湾で定置網が発達したのは地形が大きく影響していて、日本海側から回遊してくる魚が能登半島によって富山湾にせき止められる。また3000メートル級の山が連なる立山はストーンと切り立った崖により、湾が深い。そこは500種もの魚介が生息する”天然の生け簀”なんです。
富山湾で獲れるホタルイカは全部メスなんですよ。オスは精子の入ったカプセルをメスに渡して全部死んでしまう。誉れはすべてメスにあります。こういうことを知ってホタルイカを食べると、ちょっと違いませんか?
シロエビの
ちょっと悲しい歴史
シロエビは日本海沿岸で獲れますが、漁業として成り立つぐらいの量が獲れるのは富山だけ。これも”天然の生け簀”のおかげです。
今でこそ「富山湾の宝石」と呼ばれ、珍重されていますが、実はちょっと悲しい歴史があります。昔は流通の問題で、なかなか消費地に運べなかった。いっぽう漁業として成り立っているのは富山県だけでしたから、全国的に知名度がありません。そこで、昔は食紅をつけて「サクラエビ」と称して売っていたんです。
サクラエビは殻ごと食べるのに対し、シロエビは殻をむく。手がかかるんですよ。富山に行ったら、ぜひお鮨屋さんでシロエビの軍艦巻きを食べてみてください。ねっとり甘味が広がって、シロエビ40尾ぐらい使っているよなと、すごい手間がかかっているのがわかります。
軍艦巻きのほかに、シロエビの味わい方をもうひとつ。パリッとした殻の香ばしさも楽しめる唐揚げ、素揚げ、かき揚げ、天ぷらもビールがすすみます。
でも、地元で一番古くから伝わっている食べ方は、素干しのシロエビの出汁そうめんなんです。シロエビで出汁をとるなんて、なんと贅沢と思うでしょう? でも昔は商品価値がなかったから、その名残が郷土料理に残っているんです。面白いですよね。
水揚げの本場に名店あり
ホタルイカを食べるなら滑川(なめりかわ)、シロエビなら新湊(しんみなと)から岩瀬の辺りと、水揚げの本場周辺にはおいしく食べさせる名店が当然あります。そういうところまで少し調べていくと、普通の観光客じゃなかなかたどり着けない、そんな発見ができます。
漁港を歩いていると、富山湾は昔、日本の物流の一大ハイウェイだった北前船の寄港地だったんだなと実感します。北海道から身欠きニシンとか昆布が伝わった。だから、富山のお刺身は昆布締めなんですよ。
地元ではサス(カジキ)の昆布締めが定番ですが、ホタルイカやシロエビも昆布締めにすると旨味とねっとり感が増して、普通の刺身とは一味も二味も違う。富山に行く楽しみの一つです。