「完全養殖マグロ」
世界進出プロジェクト
マルハニチロは2015年に完全養殖クロマグロの商業出荷に成功し、
全国にその魅力を届けてきました。次なるミッションは、完全養殖魚の世界進出。
そこには、想像以上に高い壁が待ち受けていました。
今回は、養殖魚の販売に携わる社員と、海外戦略に携わる社員二人にお話を伺い、
今なお進行を続ける海外進出プロジェクト寄せる想いを聞きました。
養殖魚の生産から世界へ
送り出すまでの全体運営を担当
2016年に同部署に配属され、主に養殖魚の販売に関わるようになる。それまでは国内向けの販売が中心であり、ヨーロッパ向けの販売は初めて。現在は同部署でブリの海外向け販売に取り組んでいる。
海外の新規のお客様を開拓し
流通のアレンジをする役割
それまでは海外向けの冷凍魚の販売を行なっていたが、プロジェクトをきっかけに鮮魚も扱うように。頻繁に海外へ飛び、マルハニチロの魚を世界中に対してプロモーションをおこなう。
完全養殖クロマグロの本当の魅力を
理解してくれる国を求めて。
完全養殖クロマグロの
本当の魅力を
理解してくれる国を求めて。
このプロジェクトに携わるきっかけを教えてください。
- A
- マルハニチロでは、ブリやカンパチ、クロマグロなどの養殖魚を主に国内に向けて生産・販売していました。ですが、今後国内での人口減少に伴った水産物の需要減少を考えたときに、マルハニチロとして安定した市場の確保のためには養殖魚も海外へ向けて販売していくべきだという方針が掲げられたんです。
- H
- ちなみに、海外への営業を担当する私がこのプロジェクトに本格的に関わったのは2019年の春から。海外への販売が本格的に始動するまで、どんな経緯があったのかを聞かせてもらえますか?
- A
- マルハニチロが完全養殖クロマグロを売り出したのは2015年。天然物のクロマグロについては、これまで中国や香港向けを中心に輸出していましたが、完全養殖のクロマグロについても、どう海外に販売していくかが大きなテーマとなりました。
- H
- それまでの養殖魚というのは、海から稚魚を獲ってきて、それを養殖して大きく育てたものを指していました。ですが、完全養殖はその大きく育てた魚に産卵させ、孵化させます。さらにその生まれた稚魚も大きく育て、また産卵させる。その卵から孵った稚魚を大きく育てたものが「完全養殖魚」。3代目でやっと、完全養殖を名乗ることができるんですよね。
- A
- そうですね。これまでの養殖では、小さな天然のクロマグロから養殖しており、いずれは資源が枯渇してしまうのではないかと考えられていました。しかし、完全養殖であれば、環境にも優しく、「持続可能」な養殖ができるようになるのです。
- H
- 手間ひまがかかっている分、そのような「持続可能」で「海の環境保護」を叶えた完全養殖魚は、通常の本マグロよりも価格が高くなりますよね。これまでと同じようなルートで販売先を見つけるのは難しかったのではないですか?
- A
- 確かに、通常養殖したクロマグロより価格が高くなってしまうため、養殖魚の付加価値を見出してくれるお客様でなければ売り込むのは難しかったです。完全養殖魚の価値をわかってくれるお客様のいる国を探す中で、ヨーロッパ、とくにイギリスをターゲットにしました。イギリスをターゲットにした理由は「環境への意識が高い」というところにありました。
- H
- なるほど、現在ヨーロッパを中心に営業をしていても、国民の環境への意識の高さはとても強く感じます。ヨーロッパでは小さい頃から、「環境に優しいものを使おう」ということは教えられていますし、スーパーマーケットに行けば「ASC」や「MSC」といった、持続可能な水産物であるという認証のついた商品が多数取り扱われていますよね。
- A
- ヨーロッパという地域は、完全養殖クロマグロの付加価値を認めてくれるぴったりな市場であると感じましたね。実際、私も2018年にベルギーのブリュッセルで開催されたシーフードショーに参加し、完全養殖クロマグロの魅力を現地の問屋や小売店に対して積極的にアピールしました。「ASC」や「MSC」の認証がないなら話にならないという会社もありましたが、良さを感じてくれるお客様に出会う事ができました。
認定取得が難しいと言われる「EU・HACCP」。
生鮮生食用クロマグロで業界初の認定取得を目指す。
認定取得が難しいと
言われる「EU・HACCP」。
生鮮生食用クロマグロで
業界初の認定取得を目指す。
海外への輸出にあたって苦労したことは?
- A
- 日本からヨーロッパへの養殖魚の輸出に関する申請をクリアするのは本当に大変でした。日本から生鮮で魚をヨーロッパで輸出するためには、日本の水産庁から「EU・HACCP(ハサップ)」という、衛生面での認定を得なければならなかったのです。それにはとても長い時間を要しました。というのも、「EU・HACCP」はヨーロッパ独自の厳しい基準で、その基準の厳しさゆえに、日本からヨーロッパへ生鮮で生食用本マグロを輸出したメーカーは今までありませんでした。だから水産庁へ生鮮で生食用クロマグロの輸出の申請をしたのはマルハニチロが初めて。水産庁としても初の試みだったので慎重だったでしょうし、そもそも生鮮での生食用クロマグロについて「EU・HACCP」取得のためのルールそのものがこれまでありませんでした。そのため、まずはそのルールを作るのに時間がかかったんです。ヨーロッパの査察官からの質問に対して「日本のクロマグロは安全である」と理解してもらうためのルール作りは、大変でしたね。
- H
- ちなみに、どんなことを聞かれるんですか?
- A
- どんな餌を与えているのか、養殖場ではどんな環境で養殖しているのか、どんな薬品を使っているのか、工場ではどんな工程で加工をしているのかなどなど。日本では使用が認められている薬品が、ヨーロッパでは認められていなかったりもするんです。ヨーロッパのルールに準拠した環境で魚を育て、加工をしなければならないから、養殖場や加工場の方の協力も不可欠でした。
- H
- ヨーロッパの基準に、日本側が合わせて行くという感じですよね
- A
- そうなんです。でも、ヨーロッパにおける販売担当、日本の養殖場、加工場、水産庁の方々など皆さん好意的に対応してくれました。皆さんの協力のおかげで輸出を成し遂げることができたと感じています。国として日本の水産物の輸出を促進している中で、会社としても、ヨーロッパ輸出への期待は高まっていて、プレッシャーは大きかったですね。そのぶん、やりきった時には何物にも代えがたい達成感を味わうことができました。初輸出の時には、私もクロマグロと一緒の飛行機でロンドンへ飛び、現地での加工に立ち会いました。カットしたクロマグロをお客様が工場で見た時、「マルハニチロの完全養殖のクロマグロは脂のりが良くて、旨味があるのに、さらっとしている。これはすごい」と驚かれたのをよく覚えています。興奮気味に「イギリスでこんなに素晴らしい魚を見られると思っていなかった!」と褒めて頂けたのはとても印象的です。
- H
- かっこいいなあ。スタートの時点でかなりいい手応えがあったんですね。この時の走り出しがよかったから、現在もイギリス向けの販売が続いているのだと思います。私の場合は、ずっと冷凍魚の輸出に関わっていましたから、生鮮の養殖魚を売るというのも大きな課題でしたね。
- A
- たしかにそうですね。生鮮で魚の鮮度を保つためにはなるべくカットせず出荷した方がいいんです。でも、ヨーロッパでは寄生虫の検査が厳しく、輸出前に必ず加工してから中身をチェックしなければなりません。そのことについても、水産庁と何度も話し合いを重ねて、ロインという4つ割の状態でなら輸出が可能だということになったんですよ。
- H
- 切断面が多いと、酸化が進みやすくなってしまいますしね。できるだけ少ないカットで、寄生虫のチェックができて、輸出可能であるか、というラインを決めるのは調整が難しかったと思います。
海外での「クロマグロ」に対する認識は、
日本とはまったく異なるものだった。
海外での「クロマグロ」
に対する認識は、
日本とはまったく
異なるものだった。
海外戦略部としてはどんな手応えを感じていますか?
- H
- 最近は、ミシュランに掲載されるようなロンドンの高級レストランに特化して商談をしています。というのも、さきほどの話にあったように、ヨーロッパでは食と環境に関する教育がとても進んでいます。そういった高い水準の教育を受けるような家庭はどんなところで食事をするのだろうと考えた時に、ミシュランが思い当たったのです。
- A
- 価格が高いから、一度にたくさんの量を売ることは現実的ではないと判断したんですね。まずは、お金を出してでも良いものを食べたいという人々をターゲットにしたと。
- H
- はい、また営業の仕方も大きく見直しました。たしかに、営業は問屋や流通業者を相手に商品のプロモーションをおこなうほうが効率的かもしれません。しかし我々は直接ミシュランガイドに掲載されているレストランのシェフに会いに行きました。そして、マルハニチロのクロマグロの品質とその付加価値をアピールし、料理で出してもらえるよう提案。それだけでなく、レストランで提供するメニューにも、「“A completely new sustainable method of tuna farming: egg-to-harvest”このマグロはユニークな方法で養殖されており、環境に優しいものです」と説明書きを入れるようにしてもらって。そんなふうに、大口ではありませんが本当に価値をわかってくださるお客様へのプロモーションをおこなっている最中です。
- A
- それはいいですね。お客様の、味についての反応はありますか?
- H
- マルハニチロの養殖魚には「養殖臭」という養殖魚独特の臭みがないと、とても好評ですよ。実際にどれくらいのお客様が「養殖臭」を感じているのかはわかりませんが、シェフの方々は気にされていたようです。しかし日本の本マグロは臭みもなく、ヨーロッパで取れる本マグロとは違う旨味やまろやかさがあると、魅力を感じられる方は多いですね。
- A
- そう言ってもらえると、ヨーロッパへの道を切り開いた甲斐があったと改めて実感します。
- H
- そうですね。海外での和食文化の広がりもあり、みんなクロマグロは好きなので、価格をさげれば難なく売れるでしょう。しかし、ただ安く売るのではなく、正しい価格で正しいマーケットに提供することを意識しています。完全養殖のクロマグロを出荷するまでには4~5年の月日がかかりますよね。つまり、4~5年間、朝昼、餌を与え続ける人のおかげで完全養殖魚があるんです。そんな作り手の努力による結晶を安く売ってしまったら意味がありません。適正な価格でマーケットに提供していくことが私の出来ることだと思っています。
- A
- それから、海外でクロマグロを販売していくうえではクロマグロという商材について丁寧に説明していかなければならないですよね。プロジェクトを通して、クロマグロは実にデリケートな商材だと知りました。
- H
- 先月参加した在英国日本国大使館主催のイベントでもそれを実感しました。そのイベントでは、マルハニチロが完全養殖のクロマグロの刺身を振る舞ったのですが、出席した方から「クロマグロとイルカは、どっちが頭がいいのですか?」と聞かれたんです。驚きましたね。つまり、日本ではクロマグロは寿司のネタや刺身として考えられるのが当たり前ですが、国を変えれば、イルカと同じ海に住む生き物。さらに言えば、絶滅が危惧されているとも言われている、保護すべき貴重な生き物だと認識されているんです。
- A
- そうだとしたら、マグロの刺身が平然と並んでいるのは海外の人から見れば驚きの光景だったでしょうね。うまく説明しなければ、マルハニチロの企業イメージを誤認されてしまうかもしれませんし。
- H
- 本当にそうなんです。その時も、「このクロマグロは、資源保護を意識した上で大切に養殖して出荷されたものなんですよ」と丁寧にお伝えしました。これからも、この完全養殖クロマグロを海外のメディアで取り上げてもらうなど、魅力を伝えていけるよう、積極的にPRしていこうと思っています。まだまだ、ヨーロッパでも、もちろん他の地域に対しても、できることはたくさんありそうですね。
世界を相手にするという、
大きなミッションに関わることの面白さ。
世界を相手にするという、
大きなミッションに
関わることの面白さ。
プロジェクトでやりがいを感じるのはどんな時ですか?
- A
- さきほどお話したように自分たちの育てている魚がお客様の手元に届き、日本産の養殖魚の魅力を感じてもらった時にはとても嬉しい気持ちになりますね。最近はヨーロッパ以外の地域も視野に入れてマルハニチロの養殖魚を海外へ届けられるように挑戦しています。
- H
- 私はまだこの鮮魚の海外販売に携わりはじめたばかり。ですが、鮮魚を扱うにはとてもスピーディーな対応力を求められており、その現場感を実感したときにはやりがいを感じますね。例えば、2019年の2月には日欧EPAが発効された事で魚への関税が無くなった。イギリスがEUから離脱するか否かでまた貿易に影響が出るかもしれない。そういった世界情勢を視野に入れて、総合的に判断する力というのはこのプロジェクトで身についたと感じます。
- A
- たしかに、増養殖事業は日々生産・販売を行っているので、輸出するにあたって世界の動きや養殖場の現場の気候がどのように推移しているかを見て出荷の可否を判断しています。このような仕事はなかなか無いかもしれません。
- H
- 台風や洪水のニュースにはとても敏感になりました。私達は売りたい、でも養殖場の安全も守りたい。魚のサイズや尾数が常に流動的に変動していくという状況で販売を行ったのは初めてでした。大変ではありますが視野が広がったように感じます。
世界中にマルハニチロの魚を届けることを目指して、
部署の垣根を超えて、連携していく。
世界中にマルハニチロの
魚を届けることを目指して、
部署の垣根を超えて、
連携していく。
改めて、このプロジェクトを振り返っていかがですか?
- H
- 海外へ養殖魚を輸出するにあたって、部署内だけでの業務にとどまらず、他の部署とパートナーのような関係性をもってプロジェクトをすすめられたのは面白かったですね。マルハニチロの業務の幅広さ、各部署の独自性と、そして社員たちの連携によってプロジェクトが進んでいったのだと思います。
- A
- 我々の部署は、当初国内向け販売が主だったので、海外に販売する業務は新鮮でした。そのような中で海外輸出を進めていく際に、私たちの部署では知り得ないことを教えてくれたのが海外戦略部を始めとした海外販売に携わる部署やグループ会社だったんです。とても重要な存在だと感じています。今後世界へ養殖魚を届けるうえで、我々増養殖事業部のフィールドをどんどん広げていくために、海外戦略部との協業は重要です。
- H
- ありがとうございます。増養殖事業部は海外戦略部にとって、ドライビングエンジンのような存在。私たちは増養殖事業部や、養殖場の方々が汗水流して養殖魚を育ててくれていることを知っています。その姿を知っているから「価値をわかってくれるお客様に届けたい!」という使命感が生まれる。増養殖事業部があることで、我々の部署はエネルギーを得て、走り続けることができるんですよ。
- A
- そう言ってもらえると嬉しいですね!お互いの部署が、必要不可欠な存在だという感じですね。マルハニチロは世界中にグループ会社を持っているし、世界に養殖魚を届けるためにできることはまだまだたくさんあると思います。これからも、一緒に頑張っていきましょう!