MEMBER09

調達、工場、営業。
人情に厚い努力家
E.K.
販売・営業関東支社 食品営業部
業務用食品一課
2006年入社
※所属は取材当時のものです

入社1年目から
責任者として
バンコクや青島へ。

学生時代、人と会うのが好きで毎晩飲んでいたら胃潰瘍になってしまいました。すぐ入院して1週間の絶食。昔から食べることも好きだったのですが、絶食後に初めて口にしたお粥の味は今でも忘れられません。「おいしい」を通りこして、「ありがとう」。その時の感動により、仕事でも食に携わりたいと思うようになり、就職活動では食品業界に絞って会社を見て回りました。マルハニチロに魅力を感じたのは将来性が高く、グローバルでも通用する会社だったから。最後は、面接直前の緊張していた私の背中を「頑張って!」と押してくれた人事の方の温かい手が、文字通り決め手となりました。入社後の配属は、冷凍食品事業部。協力会社が運営する海外工場から、冷凍の水産加工品を調達する仕事に携わりました。1年目からバンコクや青島(中国)の工場に出張し、1年が経つ頃には年単位の価格交渉も任されました。マルハニチロを代表して、現地の経営者と話をするわけです。当然、不安もありましたが、上司が「心配するな。もしミスをしても、お前のミスなんて大したことないから」と言ってくれたおかげで、思い切って挑戦することができました。若手の成長のため、惜しみなくチャンスをくれるのは、マルハニチロの大きな魅力だと思います。

工場の仲間と、
ともに喜び、
ともに泣いた5年間。

入社3年目からは仙台の直営工場の事業担当者を任されることに。生産量の調整から設備投資の決定まで、工場の事業を丸ごと見る仕事です。約5年間の出来事でしたが、本当に面白かったです。というのも、私が担当した当時、仙台工場は収支が厳しく、その立て直しに挑戦することができたからです。特に力を入れたのは、全国の販売担当者との関係性の強化と、工場のモチベーション向上です。工場の忘年会ではパートタイムの従業員の方々にも一人ずつお酒を注いで回り、話に耳を傾けました。すると、「こういう包材だったら、もっとやりやすい」といった現場ならではの情報が手に入り、すぐ改善に着手。品質と生産性を向上させていくことで、出荷量も飛躍的に伸びていきました。そして、ついに事業部で一番収益を叩き出す工場へと変身することができたのです。しかし、その矢先、東日本大震災が起こり、仙台工場も被災しました。一度は、工場のメンバーたちの努力もあり、復旧までこぎつけましたが、余震で再びの被災。会社の経営判断で工場を閉じることになりました。この時は、本当に悔しかったですね。ただ、この5年間の仕事を通して、メーカーで働く醍醐味が改めてわかった気がします。自分たちの仲間が開発し、仲間がつくった商品を、仲間が売る。ともに苦労し、ともに喜べることが面白いんですよ。営業部門への異動が決まり、工場を離れる時は、「今度は、みんなの商品を俺が売る」という意気込みでした。

営業も土台は同じ。
人として、
どう信用してもらうか。

初めての営業として任されたお客様は、取引額の大きな首都圏の問屋さんが中心でした。でも、ひるむことはなかったですね。仕事の土台は、これまでと同じ。人として信用してもらい、長く続く人間関係を構築すること。品質はもちろんのこと、誰から買うかが重要となる業務用商品の営業の場合はなおさらかもしれません。目指したのは、それぞれの問屋さんが困った時に最初に思い浮かぶ顔になること。例えば、「うちでは取り扱いがありませんが、あの会社ならあると思いますよ」といった具合に競合他社を紹介することもあります。目先の利益にこだわっても仕方ないじゃないですか。「困ったら、E.Kくんに聞こう」という関係を構築することが大切なのです。最近では、自分だけでなく、後輩も含めて売り込んでいます。そうして真に長くお付き合いができる関係を築いていきたいですね。また、近い将来、海外市場にも挑戦したいと考えています。英語の勉強は大の苦手でしたが、海外で通用するビジネスマンになるべく、社内のグローバル人材育成研修に申し込み、英会話やグローバルビジネスの基礎を学んでいるところです。マルハニチロは自分のやりたいことがあれば、何でもやらせてくれる会社。面白い課題も次から次に目の前に現れます。しかも、自分の成長とともに、スケールも大きくなる。これからも日本で、世界で、「ENOMOTO」として勝負していきたいですね。