もっとわかるヒストリーvol.6 世界屈指の水産食品企業「マルハニチロ」誕生

マルハニチロは、2007年10月にマルハとニチロ、どちらも漁業を中心に築かれてきた2つの企業が経営統合して誕生しました。
両社はかつて、それぞれ得意とする魚種は異なったものの、世界の舞台で時には協働し、また、時には競争していました。
しかし、日本の水産業全体が直面した、1977年の200海里水域制限によって遠洋漁業が規制され、それまで両社の
収益源だった遠洋漁業での発展が困難になり、マルハは水産商事へ、ニチロは食品加工へと針路をとりました。
“同じような歴史を辿った2つの会社”である両社は、世界的な水産物の調達と事業領域の拡大をめざし、
互いの強みを活かす形で、2007年に経営統合を果たしました。

マルハ

マルハグローバルに事業を展開する水産商事会社へ

1960年代初頭は、マルハ(当時・大洋漁業)単独で、大小約800隻、総トン数約25万トンの船舶を擁し、従業員約7千人が
従事する遠洋漁業の最盛期でした。さらに、未利用資源を有効活用するため、積極的に大型トロール船を世界中の漁場に派遣し、
新たな漁場の開拓や日本人に馴染みのない魚の利用法の開発に取り組みました。また、日本への水産物確保という目的だけでなく、
漁場を開発し、現地で漁業・生産の指導を行うことで、低開発国の漁業振興という大きな役割も担っていました。

そうした中、1963年にアラスカに買付拠点会社を設立。同年、北洋母船でかまぼこやフィッシュソーセージなどの練り製品の
原料となるすりみのテスト生産を開始し加工事業も本格化したことで、漁業だけでなく、水産商事としてのグローバル展開が始まります。

しかし1977年の200海里水域制限のため、日本の水産会社は漁場を失い、徐々に遠洋漁業からの撤退が始まります。
そこで、マルハは本格的に海外から水産物を買付・輸入する水産商事の道へ舵を取りました。特に、北米への展開は目覚ましく、
ベーリング海の資源を安定的に調達するため、1985年~90年の間に現地法人※を次々と設立し、すりみ事業の現地化を推進し、
基幹事業の一つとなった現在に繋がる強力な生産・加工・販売体制を確立しました。
1990年には中央研究所を開設し、同年、水産加工を手掛けるタイのキングフィッシャー社に資本参加。
1991年のトロール事業からの撤退により、自社漁業は終焉を迎え、買付・輸入を主体としたグローバルな水産事業会社の礎を築いていきます。

※トランスオーシャンプロダクツ、アリエスカシーフーズ、ウェストワードシーフーズ、シュープリームアラスカシーフーズ

アメリカ・アラスカ州においてスケトウダラの加工工場を運営するウェストワードシーフーズ社
現在のマルハニチロ中央研究所。食品・水産素材に関する基礎研究から応用研究・技術開発まで取り組んでいる
ニチロ

ニチロ水産・食品・畜産という幅広いカテゴリーを
手掛ける食品会社として成長

ニチロ(当時・日魯漁業)は、戦前の主力事業だった北洋における母船式サケ・マス漁業を1952年より再開、
年を追うごとに主力船を大型化し、かつての勢いを取り戻していきました。しかし、母船式サケ・マス漁業は、
他国からの魚種別、海域別の漁獲規制が年々強化されていき、1977年の200海里水域制限により、マルハと同じく遠洋漁業の継続が
厳しくなり、1988年の出漁で終焉を迎えます。また1991年のトロール事業からの撤退により、自社漁業は終焉を迎えます。

大きな節目を迎えたニチロですが、事業の中心にしていた北洋のサケ・マス漁業からの撤退を余儀なくされたこともあり、
食品事業を強化する道へと針路をとります。1990年、タイに日本向けの調理冷凍食品を生産するN&Nフーズを設立。
これによって、水産・食品・畜産の幅広い品揃えを可能にし、食品事業のニチロが確立されました。1997年には
山形工場(現・大江工場)を増設し冷凍麺市場に参入。冷凍食品「横浜あんかけラーメン」など現在も多くの人に愛される
ロングセラー商品を世に送り出しました。2003年には中国に日照日魯栄信食品を設立、同年にアクリフーズの子会社化などを経て
生産体制を確立し、食品事業を軸にした商品開発力の強化によって、幅広い製品ラインアップと販売力を築き上げていきました。

マルハニチロの冷凍食品の主要生産拠点である大江工場(山形県)
日本向けの調理冷凍食品を生産するN&Nフーズ(タイ)

【マルハとニチロ】
世界的な水産物の調達と事業領域の
拡大を目的に経営統合、「マルハニチロ」誕生

遠洋漁業の終焉に加え、2000年代に入り、食の安全・安心、水産資源の減少や
地球環境問題などにより、日本の水産業は大きな変革期を迎えます。

こうした中、マルハとニチロは2007年10月1日に、世界的な水産物の調達と
事業領域の拡大を目的に経営統合し、マルハニチロが誕生しました。

漁業を中心に発展を遂げ、「200海里問題」を起点に業態転換を強いられた歴史を持つ両社。
水産商事事業を事業の中心に据えて取り組み、国内外からの水産物調達力を強みとするマルハと、
加工食品の分野での商品開発力と販売力に強みを持つニチロは、お互いの生き方が違っていたことで、
事業の重複が少なく、パズルのピースをぴったりと合わせるような形でそれぞれに強みがありました。

この両社の異なる強みは補完関係にあり、これらを統合して、「水産食品企業」として誕生したのが、マルハニチロです。
両社の統合により、川上から川下までの一貫体制を実現し、グローバル展開を大きく広げ、また、取り扱う商品カテゴリーの拡充も期待されました。

経営統合発表時の記者会見。田中龍彦二チロ社長(左)と五十嵐勇ニマルハグループ本社社長(右)(当時)

日本の食品企業史上、創業100年以上の歴史を持つ企業同士の統合は類を見ず、マルハとニチロの統合は当時大きな話題となりました。
風土も強みも異なる老舗の大手企業が統合して発展を遂げられるのか、社会的な関心を集めた出来事で、両社にとっても大きな挑戦でしたが、
お互いの強みを補完し合う形で統合を果たし、次なる成長を切り拓きました。

なかでも、原料の調達から加工・販売までをグローバルに行う体制が強化されたことは、統合による大きなシナジー効果の一つです。
その結果、マルハニチロは水産物の調達と事業領域が拡大され、世界最大級の水産物のサプライヤーとしての地位を確立しました。
以後、現在に至るまで、マルハニチロはグローバルな水産食品企業として発展を遂げています。140余年に及ぶ歴史のなかで
幾多の荒波を乗り越え、統合という未知なる挑戦も乗り越えて、つねに可能性を広げてきたマルハニチロ。
ブランドステートメント「海といのちの未来をつくる」を掲げ、次の100年をめざして新たな時代を切り拓いていきます。

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