
<山形県遊佐町から>
サクラマスをこれからも。
未来へ続く
“育てる”漁業を訪ねて
東北を代表する名山、鳥海山のふもとにあり、日本海にも面する遊佐町(ゆざまち)。
山形県最北端のこの町で、マルハニチロはサクラマスの陸上養殖の研究を進めています。
「なぜ海のあるエリアで陸上養殖を?」と思われるかもしれません。
でもこの取り組みは、自然豊かな遊佐町に古くから根付く文化へのリスペクトと、おいしい魚の未来を見据えたものなのです。
どんな想いがそこにあるのか、いざ遊佐町を訪ねました。
日本有数の湧水の町は、
全国に誇る「サケの町」だった!
見渡す限りの田んぼと清流、雪を頂く鳥海山。雄大な日本の原風景が広がる遊佐町とは、どんな町なのでしょう?

別名「水の山」とも呼ばれるほど降雪量の多い鳥海山。遊佐町はこのふもとに位置する。
「どうです、美しいでしょう? 遊佐町はこの鳥海山のめぐみで成り立っているんですよ」と朗らかに笑うのは、遊佐町町長の時田博機さん。「鳥海山は平地の数倍もの降水量がある山。その雨水や雪解け水が伏流水となり、豊かな湧き水となります。町内至るところに湧水があり、水道水も地下水100%なのです」
日本海の海抜0メートルから立ち上がる鳥海山の地形は、世界的にも珍しいのだそう。「鳥海山の伏流水は日本海にも注ぎ、砂浜や海底からも湧き水が出ますし、豊富なミネラルで岩牡蠣も育ちます」
町の中央には肥沃な庄内平野が広がり、鳥海山から流れる月光川(がっこうがわ)は湧き水の川・牛渡川などと合流しながら日本海へ流れます。名産の「遊佐米」は安全性に配慮する生産者も多く、全国にファンのいるお米です。


「滝の水」「神泉の水」など町のあちこちに鳥海山から染み出る湧き水を汲めるスポットがある。
月光川水系はサケが遡上する川でもあります。そのため親ザケから人工的に採卵し孵化管理して稚魚を育て放流する「人工孵化事業」も古くから行われてきました。「山形県で獲れるサケのうち9割近くが遊佐町で獲れる。断トツのトップなんですよ」。そう、遊佐町は“サケの町”でもあるのです。
「江戸時代に新潟県村上市から受精卵と技術を分けていただき、サケの天然産卵の保護制度を導入したのが遊佐町の人工孵化事業の始まりだそうです。その後不漁の時期には北海道から受精卵を譲っていただいたり、こちらから他府県へ提供したり。そうやって、古くから全国の産地が支え合って続いてきた事業なのです」
またサケの仲間である「サクラマス」も、“県魚”に制定される大切な存在だそう。「このあたりでは、サクラマスは春を代表するおいしい魚。サクラマスの煮付けや素焼きに旬のニラを添えた『ニラマス』が代表的です。今は料亭でも出されますが元は家庭料理で、私も5月の酒田まつりに祖母手作りのニラマスを食べた思い出がありますね」
マルハニチロがサクラマスの陸上養殖研究を始めたのは、そんな歴史ある文化が遊佐町にあってのこと。 「天然のサクラマスは減少していますし、サケをはじめとした水産資源も温暖化などの問題を抱えています。マルハニチロさんが遊佐町で進めておられるサクラマス類の陸上養殖の技術は、これからの水産大国ニッポンを支える大きなパーツに育つに違いありません。遊佐町でも、地域のみなさんと一緒になって応援していきます」
農家が営む“育てる”漁業
生まれ育った川へと産卵に帰ってくるサケを「獲りすぎない」。江戸時代から続く資源管理の考え方は、遊佐町の人工孵化事業の担い手が“農家”であることにも関係しているようです。
「つくり育てる漁業。それがサケの人工孵化事業です。種をまいて、環境を管理し育てて、収穫して、種をとって将来の資源を確保する。この流れは農業と同じなのです」と話すのは、遊佐町のサケ人工孵化場のひとつ「枡川鮭漁業生産組合」組合長の尾形修一郎さん。男女10名の組合員は全員農家で、春から秋までは稲作、秋から春まではサケの人工孵化というサイクルで働いています。

飼育池の上には、稚魚を狙うサギなどの天敵を追い払うためタカの凧が風になびく。

遊佐町に3カ所あるサケの人工孵化場の一つ「桝川孵化場」。2016年に設備を一新。

組合長の尾形修一郎さん。祖父の代から続くこの孵化場を次代へつなぐため奮闘する。
9月中旬。稲刈りが終わるか終わらない頃、サケが遡上してくる川底の水草刈りからシーズンスタート。ウライ(サケの道を塞ぐ金網のしかけ)を設置して10月に入ると、遡上してきたサケの採捕が始まります(ピークの11〜12月は1日1000尾以上も!)。採捕したサケはオスとメスに分け、週に80万粒の卵を計画採卵し、授精。孵化した稚魚を約1gに育て、3月に放流するまで休みなく朝晩管理を続けます。

組合員10名のうち婦人部は5名。遊佐町で女性が所属するのは枡川だけ。「農家は家族経営ですから」と尾形さん。
「昨年遡上したサケは3万4000匹。一昨年から半減しましたが、今年の稚魚は状態がよく4年後は期待大です。育てた稚魚が4年後に戻ってくるさまは、50年以上見ていても毎年震えるほどの感動ですよ! だからこそ我々は休みなく働けるのです」と尾形さんは目を輝かせます。

稚魚の放流は満月と新月に行う。卵の孵化から面倒をみる佐藤智明さん曰く「最も気を遣うのは水質管理」。
卵から孵化までは湧水で、稚魚は湧水に河川水と井戸水を混ぜて酸素量を調節する。

飼育池と川の仕切りを下げると稚魚は池に留まろうとするが、水流で川に流されると本能で海を目指す。

孵化場の脇の川から海まで4キロ。海に出ると稚魚たちは北を目指し、産卵のために川に戻ってくるのは4年後。

鳥海山の湧き水が流れる川底には、初夏に白い花をつける水草、梅花藻(バイカモ)がそよぐ。
おいしい魚を食べ続けられる
未来のための研究
“獲る”漁業ではなく“育てる”漁業が根付く遊佐町で、マルハニチロがノウハウを蓄積するサクラマスの陸上養殖。そのリーダーが「マルハニチロ中央研究所」の圓谷(つぶらや)猛さんです。

マルハニチロで長年エビの他さまざまな魚種の養殖・販売に携わり、2017年から遊佐試験所でサクラマスの陸上養殖の研究に取り組む圓谷猛さん。
「研究をスタートした2017年当時、国内では陸上養殖はメジャーな養殖方法ではありませんでした。でも今は、エサや糞で海洋を汚さず、自然災害のリスクも少ない。海面養殖は適地が限られるのに対し、陸上養殖なら場所を問わず魚にとっての至適条件を整えることができ、さらにフードマイレージが抑えられるといった環境面から、がぜん注目度が高まっています」
海面養殖と違いアニサキスなどの寄生虫リスクがなく、凍結しなくても生食できる魚が育つのが陸上養殖の利点。
「いちばん難しいのは、コストをいかに抑えて市場で流通できる価格を実現するか。ライフサイクルが短いサクラマスは、育種を進めるには優位。生産原価を抑えるためにも高密度な水槽内でも耐性があり、餌料効率の良い(少ないエサで大きく育つ)魚を育種するとともに、環境負荷が小さくおいしい魚が育つエサの開発が課題です」
秋に採卵し、卵から孵化して、1年半で成魚になるサクラマス。結果がすぐに出るものではないからこそ、日夜の研究の積み重ねがおいしい魚の未来へと続いていくのです。

「マルハニチロ」が陸上養殖の研究に取り組む遊佐試験所2棟が、日本海に面して建つ。

テント式の試験所内には照明や温度を管理した水槽が並ぶ。

サクラマスが泳ぐ水槽の傍らに、「桝川孵化場」より譲り受けた受精卵から成長したシロザケが。