MEMBER09

15年間働いても
新しい発見が尽きない、
広報兼お母さん。
M.A.
広報広報IR部
2001年入社
(2011年退社・2016年再入社)
※所属は取材当時のものです

通信販売から、海外取引、
広報部。あらゆる側面に
立ってきた。

他の社員の方々の経歴と比べるとちょっと変わっていると思うので、まず、これまでのキャリアを簡単にお話しします。2001年に入社し、2010年に産休育休を経て復職。そして、主人の転勤のため2011年で一度退社して、再び2016年にマルハニチロに戻ってきました。合計すると15年以上マルハニチロで働いていることになります。最初の配属は化成食品事業部 商品課(現・無店舗営業部 通販課)。自社の通信販売組織を担当し、マルハニチロの健康食品や化粧品を提案する業務に携わりました。4年後、同じ事業部の化成品課(現・化学バイオ事業部バイオ事業課)に異動。健康食品などの原料を主に扱う課で、商材の原料を海外から取り寄せたり、日本で生産したものを別の国で販売したりするのが主な業務。営業以外にも、海外の展示会に出展したり、宗教関連の査察にも対応しました。かなり大変な4年間に感じましたが、言語や価値観の壁を超えて、お互いが理解し合うために本当に言いたいことをしっかり伝える力は、この時期に身についたと思います。その後、産休と育休を経て、現在の広報IR部で再スタートをきりました。主にPRを中心に担当し、テレビ・新聞や雑誌等のメディアからの問い合わせ対応、グローバルサイトをはじめとする公式ウェブサイトの管理、グループ報の制作、新商品リリースの配信などに対応する毎日を送っています。

産休育休からの復職、
一度退社してからの
復帰を経験。

第一子を授かり、産休育休に入ったのは、入社から8年が過ぎた頃。約1年半のお休みを経て復職した後は、時短で勤務しながら子育てと仕事の両立に挑戦しました。配属は海外事業部(現・海外戦略部)。これまでの経験が活かせる部署で働くことができ、大変ありがたく思いました。にも関わらず、その1年半後、主人の転勤に伴って退職することになってしまいました。再び、マルハニチロに戻ってくることになったのは5年後のこと。昔の上司から「部下が産休育休の間、少し手伝ってほしい」と声をかけられたことがきっかけです。久しぶりに戻った職場は昔と変わらず温かく、とても安心感がありました。5年のブランクがあってもここでもう一度社員として働きたいと感じ、再び正社員として入社することを決めました。2017年からは広報IR部へ異動し、現在に至ります。広報部は、会社全体のことについて対外的に発信していく部署のため、改めて会社についても幅広く知っていく機会になりました。広報としては、会社の魅力を外部へ発信する、いわゆる「攻め」の姿勢も必要ではありますが、逆に有事の際の対応に当たる時には、会社のダメージを最小限に留める「守り」の姿勢も大切。その二つの姿勢を常に意識して、業務に取り組むようにしていますね。ときには、「今年の漁について、水産大手メーカーのマルハニチロさんはどう考えていますか?」といった専門的な意見を求められることもあるんです。迅速に正確な情報を伝えることが必要ですので、その都度、関連部署への相談やヒアリングを欠かしません。広報の発言は、すべて会社としての発言として受け取られるため、常に一つひとつの発言に責任を持ち、情報の伝え方、見せ方には注意するよう心がけています。

自分も大好きな
マルハニチロのファンを
世界中に増やしたい。

広報IR部に来て3年になりますが、マルハニチロのことが改めて好きになりました。その長い歴史には誇りを感じますし、多くの人から愛されている企業でありたいと思います。今後は、ブランディングにもより力を入れ、マルハニチロのファンをもっと増やしていくことが目標です。「水産会社」「食品会社」ではなく、「いろんなことに挑戦している会社だよね!」と世界中の皆さんに知ってもらえるように頑張っていきたいですね。めまぐるしく変化する社会に、柔軟に対応し進化し続けるマルハニチロを、より皆さんにも知ってもらうために、社会と会社の橋渡し役として、なんでも挑戦したいと考えています。正直、入社当時はやりたいことが明確ではなかったけど、これだけ幅広い仕事に携わり、経験を積むことができました。復職してもまだまだ新しい発見がたくさん。そう思うと、マルハニチロはどんな人にも活躍できる場所が必ずある会社なのだと思います。自分の個性や強みを活かしつつ、働きながら専門分野を増やしていくことができる面白い会社。何年働いてきても、その魅力は変わりません。これからも家庭と両立しながら、マルハニチロで新しい挑戦を続けていきたいですね。