アマモ場が急速に失われている

アマモとは、水深の浅い砂地に根を張るアマモ科の種子植物のこと。日本各地で見られ、その葉は小魚や小型甲殻類の棲みかになります。また、成長に必要なリンや窒素などの栄養素を海水から吸収することで、水質の浄化にも貢献。さらに光合成によって二酸化炭素を吸収し、酸素を作ることで、海中だけでなく人間社会にもその恩恵をもたらしています。最近では、海底に堆積した枯れたアマモが長期間にわたり炭素を貯留する“ブルーカーボン”生態系としても注目されています。
しかし、国連環境計画(UNEP)などの報告によれば、世界の海草藻場(アマモ場を含む)は年間最大7%のペースで急速に失われています。自然再生力だけでは追いつかない速度で減少が進んでいるため、人の手による継続的な保全が欠かせません。海とともに歩んできた当社にとっても、これは決して見過ごすことのできない課題です。
「海のゆりかご」を守ることは、自分たちの足元を守ること
マルハニチロのアマモ場再生活動は、2014年にNPO法人「海辺つくり研究会」が行っている東京湾でのアマモ場再生活動に“協力企業”として参加したことから始まりました。翌2015年からは、社員と家族が参加する継続的な取り組みとして本格化。2016年からは、国土交通省が主導する「東京湾 UMI プロジェクト」にも協力企業として正式に参画しています。
以来、毎年のように社員とその家族がボランティアとして参加し、木更津市の「金田海岸」、横浜市の「海の公園」などでアマモの花枝(種子を含む枝)を採取してきました。ここで採取した花枝は、成熟・選別を経て、アマモ場再生に必要不可欠な種となります。マルハニチロは、この種の採取から、その後の「種まき」の工程にも深く関わることで、循環型の再生サイクルを支え続けています。
荒天やコロナ禍で活動が制限された年もありましたが、延べ参加者はすでに数百人規模に達しています。多くの社員が参加し続ける背景には「海の恵みで事業を営む以上、海を守ることは当然の責務」という、マルハニチロに根付く当事者意識があります。活動の現場は、そうした原点の想いを再確認する場でもあるのです。
当初はボランティア的な側面が強かったものの、この活動が自分たちの事業基盤そのものを守る大切な営みであると再認識されたことで、その位置づけは大きく変わりました。現在では社会的価値と企業価値を同時に創出するCSV(Creating Shared Value)経営の実現に向けた、象徴的な取り組みとして、このアマモ場再生は進められています。
一方で、活動の現場となる地域社会に目を向けると、そこには深刻な課題も横たわっています。沿岸地域の人口減少や漁業の担い手不足が進むなかで、海の変化を日々見守り、異変に気づく“目”が減ってしまっているのです。
藻場は地域の水産資源を支える基盤であり、その健全性は地域の持続性とも深くつながっています。つまり、「藻場の再生」と「地域社会の持続性」は、どちらが欠けても成り立たない表裏一体の関係にあります。企業・地域・行政が協働し、海と向き合い続ける関係を育てていくことは、藻場の回復にとっても欠かせない視点となっています。
地球を守る“ソリューションカンパニー”として

マルハニチロは2026年3月、社名を「Umios(ウミオス)」へと変更し、海を起点とした価値創造力で「食」を通じて、人も地球も健康にする〈ソリューションカンパニー〉へと生まれ変わります。
社名変更は単なるブランドの刷新ではなく、地球との関わり方をアップデートしていく意志の表明でもあります。水産資源を“獲る・使う・供給(提供)するだけ”ではなく、資源を育む〈場〉そのものを守るアマモ場再生は、まさにUmiosが目指す未来そのものです。
海が健全であることを前提に事業を続ける企業だからこそ、海そのものの回復に取り組む。その積み重ねは、パーパスである「For the ocean, for life」を、もっとも確かな形で体現していると言えるでしょう。
2025年、“種が採れない”現場で見えたもの
2025年のアマモ場再生活動は、これまでの10年とは異なる自然の厳しさに直面する年となりました。
例年は初夏にアマモの花枝を採取し、成熟・選別を経て播種(はしゅ)へとつなげてきましたが、今年はその“最初の工程”からつまずいたのです。海へ入った参加者からは「花枝が見つからない」という声が相次ぎました。高水温や悪天候、魚介類による食害など、複数の要因が重なり、花枝の確保が極めて難しい状況となっていました。
直面した予期せぬ事態に対し、私たちは柔軟な軌道修正を決断しました。新たな対象として選ばれたのは、アマモと同様に浅場の生態系を支える「コアマモ」。その保全・再生へと、今年度の活動内容を切り替えたのです。
例年通りに進まない状況そのものが、今の海の現実を知る貴重な機会となりました。アマモが難しい年だからこそ、コアマモを守るという新しい視点が必要になる。海の状況にあわせて活動のかたちを変えていくことは、結果的に企業としての学びにもつながっています。
アマモ場再生は、“同じ手順を続ければ必ず成果が出る”という取り組みではありません。海水温、天候、生物の動き――人間にはコントロールできない要素が多く、数年単位で状況が変化することも珍しくありません。
だからこそ、今年の経験は大きな意味を持ちます。予測できない自然の変化に、しなやかに向き合っていくこと。その柔軟性こそが、海とともに事業を営む企業に求められる姿勢であり、Umiosが未来に向けて磨いていくべき力でもあります。
海とともに働く企業として、次の100年へ

社名を「Umios」へと変更する決断の背景には、人口減少や気候変動といった「未来からの問い」に応え続ける企業でありたいという強い意志があります。アマモ場再生活動は、その問いに対する“終わりのない対話”です。
単にアマモがどれだけ増えたかという「数字」だけが大切なわけではありません。むしろ、絶えず変化する自然と真摯に向き合い、試行錯誤する「プロセス」そのものにこそ、本質的な価値があります。
現場で海に触れた社員の実感が、事業モデルや価値の伝え方を変え、企業のあり方そのものを、海とともに生きる未来仕様へと内側からアップデートしていく。この活動は、環境を守る取り組みであると同時に、Umiosという企業の「心」を育てる、組織変革の現場でもあるのです。
旬の魚を食卓に届けること。
そして、その魚が育つ海のゆりかごを守ること。
どちらも、海と人が健やかに生き続ける未来を育むための、同じ線上に連なる大切な仕事です。
アマモ場再生活動は、社員と家族、NPO、地域社会、行政、そして海とともに未来を築こうとするすべての人々が、“どんな海を次世代に手渡すのか”を共に考えるための「実験場」と言えるでしょう。失われつつある海の森を取り戻し、「海のゆりかご」を次の100年へとつないでいく。それは、海とともに生きてきた企業が、海とともにこれからも生きていくための決意の表明です。そしてその意志は、私たちだけでなく、この海に関わるすべての人と響き合いながら、豊かな未来への潮流をつくっていくはずです。


