SALMON MUSEUM サーモンミュージアム

鮭と文化

著者、佐々木さんのサーモン釣り風景。右は2歳になるお子様に釣りの楽しさを実地指導?しているところです。
We Love SalmonFishing!!
世界の鮭釣り事情 アラスカ編vol.1 佐々木 潤
アラスカの鮭釣りの位置付け
グリズリーが遡上する鮭をハンティング、その姿はまさにアラスカの代名詞とも言える光景です。 その雄大な大自然に、多くのアングラーが魅了されアラスカを訪れます。
アラスカで身近な鮭釣りも、その莫大な資源量があってこそ成り立っています。しかしながら、その資源量を支えている背景はあまり知られていません。一般的には、手付かずの大自然=鮭が豊富、とイメージされている方も多いかと思います。もちろん大自然も大きな理由ではありますが、それだけではありません。ここでは何故アラスカでは鮭が豊富に取れるのかを地理的要因と産業的背景からお話したいと思います。
豊かな生態系に恵まれたアラスカにおいて、サーモンは不可欠な存在。多くの動物たちの生息維持に貢献している。John Hyde,AK Dept.Fish&Game
ダッチハーバーの地元住民の釣り風景
サーモンがのぼってくる河川の山野で繁殖するサーモンベリー
地理的要因
最後のフロンティアとも呼ばれるアラスカの大自然、しかしその他にも、世界中から見ても極めて恵まれた環境があってこそ、その莫大な資源量が存在するのです。
①ベーリング海、その知られざる豊かな漁場
ベーリング海は、世界最大の漁場といわれ、総漁獲量はアメリカ全土の55%を占めている。
ベーリング海といえば、荒波狂う極寒の海を想像される方も多いかと思います。確かにここベーリング海は「台風の墓場」とも呼ばれ、日本列島付近を襲った台風がやがて大きく東に旋回し、再び勢力を盛り返しベーリング海に達します。この時の荒れ模様は実に風速60m/秒、波高12mと想像もつかない荒波となる事もあります。しかし、実は海の中は極めて資源量の多い豊かな海なのです。地図を見て頂ければ分かりますが、ベーリング海の1/3は大陸棚と呼ばれる水深200m以浅の浅い海が占めており、その大半はアラスカ側にあります。ここはブリストル湾といわれ鮭の漁獲の多い海域になります。
時化(しけ)の中を操業する漁船
また、大陸棚の西側、及びアリューシャン列島付近は非常に深い海になっています。この深い海にはリンなどの栄養塩と呼ばれる植物プランクトンの発生には欠かせない栄養素が豊富にあり、これらの栄養塩は湧昇という海底付近から表層への流れによって運ばれ、やがてこの栄養塩と太陽光により植物プランクトンが増殖します。食物連鎖を支える底辺である植物プランクトンが発生しやすい環境があるからこそ、豊富な資源量が維持されています。事実、大陸棚の境目である等深線200m付近は鮭に限らず、スケソウダラやマダラ、ズワイガニやタラバガニの豊富な漁場となっており、これらの漁業基地であるアリューシャン列島ダッチハーバーは19年連続全米No.1の水産物水揚げを誇っています。皆さんご存知のように、川で生まれた鮭はやがて海へ下り、3~5年間を海で過ごし、再び生まれた川へと戻ってきます。アラスカの鮭は、ベーリング海という餌の豊富な海で育つ事が出来るのです。
アラスカ・ダッチハーバーのすりみ加工工場・アリエスカシーフーズ社全景
②火山とフィヨルドがもたらした複雑な地形
例えベーリング海のように豊かな海に恵まれていたとしても、産卵場である河川に恵まれていなければ鮭は繁殖する事が出来ません。しかし、アラスカは火山による隆起、太古の氷河侵食によるフィヨルド地形により、複雑に入り組んだ地形をしています。この為、大小合わせ300万以上の湖と3万以上の河川、そして無数の小川があり、ベーリング海で育った鮭を受け入れる、格好の産卵場となっています。また、アラスカ州全土の1/3(日本列島の1.3倍以上の面積)は国立公園や国定野生保護区などに指定されています。その他生態系に影響を及ぼす工場の建設や排水、排気には厳しい規制が設けられており、鮭が産卵、孵化する河川の環境保全が行われています。
産業的背景
①アラスカの主要産業の変遷と観光業
豊かな大自然の中でトドなど数多くの哺乳類が暮らしている。
アラスカには幾度と無く産業の変遷を迫られた歴史があります。19世紀後半頃まではロシアの植民地支配下にあり、ラッコやアザラシ狩猟、毛皮の生産が主な産業でした。しかしながら、乱獲によりラッコやアザラシは絶滅の危機に瀕し、その後も石炭の採炭や金の採掘など、産業は天然資源に依存するものばかりで、現在も石油と水産業が主な産業です。石油資源に恵まれてはいますが、新たな油田開発は自然保護と反しており、油田開発派と自然保護派での論争が長く続いています。
愛らしいしぐさで、人気のあるラッコたち。
このような状況の中、限りある天然資源に頼らない産業の確立をめざし、昨今ではアラスカ州政府は観光業に非常に力を入れています。アラスカの鮭釣りツアーを積極的にPRし、スポーツフィッシングとしてルールを明確にした事で気軽に釣りを楽しめるようになり、オーロラ見学ツアーと並ぶ絶大な人気を誇り、現在では年間140万人とも言われる観光客がアラスカに足を運んでいます。釣竿を手にしたアングラーが空港で長蛇の列を作り、チェックインしている姿はおそらくアラスカならではの光景ではないかと思います。
②水産資源の持続的利用をめざして
サケが大群で遡上してくる。
産卵場所を目指して、上流へ上流へと駆けのぼっていくサケ。
アラスカ州憲法には持続可能な漁業を推進する事を理念に掲げ明文化されています。海洋汚染の恐れのある魚類養殖を一切禁止し、商業漁業の全ての対象魚に魚種別に漁獲枠、漁法、漁具、漁期などを細かく設定し乱獲を防いでいます。また、混獲(対象魚種以外に偶発的に網に入った魚)に対する規制も厳しく、例えばスケソウダラ漁船が鮭を混獲した場合、その混獲比率によって、同海域での漁獲が一時的に禁止されます。また、混獲によって漁獲された鮭は営利目的に販売・加工をしてはなりません。
2008年10月のある日、スケソウダラ漁で混獲された魚。オヒョウ(ハリバット)、キングサーモン、シロサケ。鮭類は全てオブザーバーにより漁場、種、雌雄、年齢、体長、体重、索餌(さくじ)状況、など一尾ごと、細かくデータを取る。これらは同海域へのスケソウダラ漁船の入漁規制のデータとなるなど資源管理にいかされている。データ取得後、加工してFOODBANKへ寄付することもある。
加工してFOOD BANKに提供し貧しい人々への寄付とするか、もしくは再び漁船に積み、沖で投棄しなければなりません。日本の感覚ではもったいないと思ってしまいますが、これらにより混獲した漁船も受入れた工場にも鮭を混獲した事に対する制裁となり、なるべく取らないように自助努力をします。今日ではアラスカの徹底した漁業管理、資源管理政策の取組みが見直され、MSC(Marine Stewardship Council)という持続可能な漁業のための環境規格にアラスカの鮭漁業をはじめ、スケソウダラ、マダラ、オヒョウ、ギンダラ漁などが認定されています。
MSCのラベルは、水産資源や海洋環境のため、漁獲量や漁獲時期、魚の大きさ、漁具などを定め、厳しい取り組みをしている漁業者が獲った水産物に与えられる証です。消費者がこのラベルの付いた水産物を選ぶことによって、厳しい取り組みをしている漁業者を支えることにつながります。
以上のように、単に環境に恵まれただけではなく、それを活かし、持続的に利用する方法を徹底している事が、アラスカの鮭の資源量を維持し、アラスカといえば鮭と言われるようになっています。
ベニサケの釣りを禁止する看板
佐々木 潤氏プロフィール
Sasaki Jun
2003年マルハ(株)(現(株)マルハニチロ水産)入社。2007年より北米を代表する水産会社アリエスカシーフーズ社の副工場長としてアラスカ・ダッチハーバーのすりみ加工工場に勤務。激務の合間にも、短い夏には2歳の息子と家の向かいの川で鮭を釣り、野山へブルーベリーを摘みに行くという大自然を満喫する生活を送る。オールマイティーに釣りを楽しむ。3歳の時、釣好きの父にニジマス釣りに連れて行ってもらってから、現在まで釣りが趣味。渡米前はマダイやアジの海釣りが主体だったそうです。ダッチハーバー在住。新潟県出身。
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