SALMON MUSEUM サーモンミュージアム

環境持続型のアラスカ漁業3
John Hyde,AK Dept.Fish&Game
サケ資源を守るアラスカ州の取組み②環境管理
サケは、自然の生態系に重要不可欠な要素です。クマやワシなどの捕食動物の餌となり、数多くの鳥類やトド、アザラシなど哺乳類の生息数の安定的維持にも貢献しています。
>> 鮭と環境vol.1の「エコシステムとしてのサケの役割」へ
1.混獲の削減・・・ 米国海洋漁業局(NMFS)
「混獲」とは、他の魚や海獣、海鳥など、もともと狙った対象外魚種を一緒に捕獲してしまうことをいいます。“偶然的な水揚げ”や“偶発的漁獲”とも呼ばれています。
アラスカの漁業では、広範囲な混獲削減プログラムが一貫しておこなわれています。例えば、底魚(ソコウオ)漁では、サーモンやオヒョウ、ニシン、トラウト、タラバガニ、ズワイガニを含む「禁漁種」を漁船に決して水揚げすることはできません。
一定量の禁漁種が捕獲され続けた場合、もともとターゲットになっている魚のTAC(漁獲可能量)に達したか否かに関わらず、その海域での漁獲がシーズンを通じて閉鎖されます。この厳しい規制は漁獲者が禁漁種の混獲を最小限に抑えるためにあります。
海洋哺乳類の場合、米国海洋漁業局(NMFS)の生物学者とスタッフが海獣保護法や絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律、オットセイ法、マグナソン・スティーブンス漁業保全管理法(MSFCMA)を執行し、固体数の保護・保全・回復のための規制や管理を他のNMFS事務所や北太平洋漁業管理委員会と共に作業しています。
さらに、マダラやスケソウダラを直接漁獲するライセンスを所有する漁船はすべて、米国海洋漁業局の「漁船監視システム」に加わらなくてはなりません。このシステムによって各漁船の位置が人工衛星でNMFS法執行局(OLE)に送信されます。これはトドの保護や索餌(さくじ)エリアにおける漁獲制限を監視するために役立っています。
1989年からNMFSは、アラスカ沖の延縄漁業での海鳥の混獲防止に積極的に取り組んでいます。地元・地域・国・国際レベルの機関や組織、専門家との協力体制です。
アラスカ州の憲法の条文では野生動物もサスティナビリティの対象だ。健全な水産資源の様相は野生の生態系の健全な生存にとっても不可欠な条件である。
写真の左上:ラッコ(Robert Angell,AK Div Tourism ) 右上:アザラシ(Steve Lee) 左下:イシイルカ(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)右下:カマイルカ(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵) 
2.生息地の保護・・・海洋保護区(MPAs)の設定
連邦政府とアラスカ州政府は、魚類生息地保護法によりアラスカの水中動植物をさまざまな開発から保護しています。
このアラスカ州の魚類生息地保護法の制定は、州の昇格時に宣布されました。「次世代のために、社会的・経済的利益の持続的創出のために、これらの資源は人間の乱獲から守られるべき財産である」というアラスカの人々の信念が反映されています。
アラスカの海洋生態系は商業漁業の影響からも守られています。生息地を保存するために海洋保護区(MPAs)が設定され、40を超える海洋保護区(MPAs)にはアラスカ沖のほとんどすべての連邦管轄海域と商業漁業が行われる大部分の州管轄海域が含まれます。 すべての海洋保護区(MPAs)では、漁期または1年を通じて特定の漁具の使用が禁止されています。たとえば31箇所の海洋保護区(MPAs)では、すべての商業漁業、または底曳網(そこびきあみ)など海底に接触する漁具が禁止されています。
絶滅の危機に瀕する種の保護に関する法律は、トドを“絶滅危惧種”に指定しており、米国海洋漁業局(NMFS)と北太平洋漁業管理委員会(NPFMC)はベーリング海、アリューシャン列島、そしてアラスカ湾の約58,000平方カイリでは、トドの生息地近くで行われる漁獲の時期と種類に厳しい制限を課しています。
3.養殖の禁止(1990年より実施)


アラスカは、自然の生態系の中で天然の海産物を餌にして育つ、世界で最も豊かな漁場の1つです。
  アラスカの他にはない大きな特徴は、養殖漁業の全面禁止です。1990年、アラスカ議会はサーモンを含めたすべての養殖漁業禁止を取り決めました。(アラスカ法令第16、40、210号)これはアラスカの天然漁業を、養殖業による海洋汚染や抗生物質などの薬物汚染から保護するためです。
天然アラスカサーモンは、北太平洋の冷たく澄んだ海に生息する海老、ニシン、イカ、動物性プランクトンなど自然界の魚介類だけを食べ、外洋を自由に回遊し、時期を迎えると自分の生まれ育った母川に戻ります。ですから、アラスカのサーモン漁は一年中可能なわけではなく、自然のサイクルに従った漁期があるのはそのためです。
4.サーモンが産卵する母川の森林保護


アラスカ海岸森林風景(Steve Lee)
生息地の環境規制は、海や川を取り巻く森林や海岸線の自然環境にまで及んでいます。 アラスカ州では、全土の約34%が国立公園、国立保護区、野生動物保護区、森林保護区に指定されています。その総面積は日本全土の1.35倍にもおよびます。

海は、川また森と共に生きています。雨水は森にしみわたり、豊富な養分を蓄えて川となって海に注ぎます。魚介類はその栄養を得て成長し、鳥類や哺乳動物たちの餌になります。 森の住人たちの安定した生息数の維持は、母川を遡上するサーモンなど水産資源の質・量と密接に連動しています。
それゆえ、サーモンが産卵する母川の森林保護が行われています。
アラスカ州漁業狩猟省(ADFG)はサーモンが産卵する河川付近での建設について、「遡河性魚条例」と呼ばれるアラスカ法令(第16、05、870号)で、事前の承認を義務づけています。また、侵食を防ぎ、産卵と孵化の生息環境を保護するため、サーモンの母川の川辺に伐採緩衝地帯を定めた森林実施条例もあります。
サケは成長するにしたがい体の色や模様が変化する特徴があります。このサケは川を遡上するベニザケです。すっかり成熟して体が真っ赤に変わっています。これを「婚姻色」といい、産卵が可能になった証です。(Mark Emery)
5.水質汚染防止のための厳しい規制
アラスカでは海水の安全性を保つために、汚染防止規制が厳しく設けられ、健全な生息環境確保への取組みが行われています。
アラスカ州環境保護局(ADEC)には水質管理の専門チームがあり、海の水質を保持するために、汚水処理やその他汚染源となりうる排水を厳しく規制しています。たとえば道路建設、採鉱、伐採、下水処理などの開発に対しては厳しく規制されています。
6.水質検査(汚染物質検査)が示す安全性
アラスカの水質は、水域に生息する貝類の汚染調査においても高い安全性が証明されています。それが、1986年から全米海洋大気管理局(NOAA)による「National Status and Trendsプロジェクト」の「全米ムール貝観測調査」です。
この調査は水域内に生息するムール貝やカキなどの定着性生物を検査するもので、アメリカ沿岸各地の250箇所を上回るサンプルが抽出されています。
この調査では、1年おきにムール貝とカキを交互に調査対象とし、石油炭化水素をはじめ、金属、農薬、PCBなどの44種類に上る汚染物質が検査されますが、アラスカの漁場付近のサンプリングでは、人間に影響する汚染物質は一切発見されていません。
さらにプリンス・ウィリアム湾(地図参照)の2箇所を含むアラスカの全調査地は、アメリカで最も汚染の少ない25の調査地の中に入っているという優れた結果も出ています。 アラスカの調査地の水質には高濃度の石油炭化水素、PCB、農薬は含まれていないことも証明されています。
7.炭化水素や重金属汚染のない海  (クック・インレットの海水と堆積物の調査より)


300万を越える湖や沼、3000を数える河川や渓流、そして5万5000kmにも及ぶ、入り組んだ海岸線。この雄大なアラスカはかけがえのない人類の財産です。(Yuji Ishii)
  アンカレッジに近いアラスカ南部中央に位置するクック・インレットは、アラスカ州で最も人口の多い地域です。
にもかかわらず、米国鉱物管理局が行った調査では、クック・インレットの海水と堆積物には炭化水素と金属が全く含まれていないことが報告されています。


クック・インレット(クック湾)の所在地図
アラスカ大学環境天然資源研究所の研究チームはこの調査結果について、「クック・インレットの炭化水素濃度は物理学的・化学的・生物学的に見てきわめて低いレベルであり、全般的に堆積物と海水に毒性はない。また重金属の汚染を示す明らかな徴候もない」と報告しています。
8.●	魚介類の海洋汚染・細菌からの保護 (クック・インレットに生息する魚介類の調査より)
アラスカでは、何世代にもわたって人々は、漁業や加工に深く関わっています。(ASMI/Shot in the Dark )
天然のサーモンがアラスカの誇りです。(Mark Emery)
クック・インレットの海域がきわめてクリーンなのと同様に、同海域に生息するすべての海洋生物のクリーンさも証明されています。
米国環境保護局(EPA)はクック・インレットに生息するキングサーモン、ベニザケ、シロサケ、オヒョウ、スズキ、マダラ、カレイ、ヒラメをはじめ、昆布、巻貝、アサリなどを対象にして、調査や検査をしましたが、どの魚介類も、同局がいままで調査した中で最もクリーンで安全だということが判明しました。

またこの結果はアラスカ州公衆衛生局によっても裏付けられました。
同局がアラスカ州全域を対象に実施した伝統的な食品の調査によれば、アラスカの伝統的な食品の安全性はきわめて高く、「長期にわたって大量の食品を摂取してもその安全性は確保される」と結論づけています。
アラスカ州環境保護局(ADEC)もまた、アラスカ産シーフードの安全性について独自の調査を行っています。
サーモン、オヒョウ、タラバガニ、ズワイガニを含む数多くの種類が調査対象になりましたが、そのいずれもがヒ素、クロム、カドミニウム、鉛、ニッケルなどの汚染を逃れ、米国食品医薬品局(FDA)の規定する汚染レベルに近い魚介は何一つ存在していないことが明らかになっています。
さらにアラスカ州環境保護局(ADEC)は、生食と加工済のシーフードについて、リステリア菌、サルモネラ菌、フドウ球菌などの細菌汚染と大腸菌についての定期的な検査を行い、これらの細菌はアラスカシーフードにはほぼ存在しないことを常時確認しています。 以上、これらの調査結果が示すように、アラスカの海洋生物環境はきわめて安全なため、 アラスカ産シーフードは高い安全性を保ち続けているのです。
引用・参考文献
基盤研究(A)「先住民による海洋資源の流通と管理」(研究代表者 岸上伸啓編集 課題番号15251012)研究成果報告書 2007年発行
「アラスカ産シーフード-持続可能な漁業管理運営の世界的モデル」アラスカシーフードマーケティング協会2007年発行
「Alaska Salmonバイヤーズガイドブック」アラスカシーフードマーケティング協会発行
写真提供:Alaska Seafood Marketing Institute (ASMI) ,アラスカシーフードマーケティング協会
イシイルカ、カマイルカの写真(撮影:海洋生物調査員・写真家 笹森琴絵)
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